日系ブラジル人レポート3:岐阜県美濃加茂市


(写真:ダビ牧師と長女)

12月17日。

愛知県で数時間過ごした後、愛知よりも事態が深刻だという岐阜県美濃加茂市の教会へと移動した。まず私たちが訪れた教会は、美濃加茂市にある『キリスト教会恵と命(Igre Evangelica Graca e Vida)』。ダビ・ゴンサルベス牧師が私たちを迎えてくれた。

ダビさんと、製薬会社に勤める奥さんは30代の若い夫婦で、小さな娘さんもいる。普通であれば、まず自分の家庭の安泰を心配するところであるが、ダビさんは今月から自分の給料をカットして、この教会に一時避難してくる人たちの支援にあてている。ダビさんは、失業者には教会の仕事を与え、その代わりに小遣い程度の「賃金」を与えている。教会の子供用スペースにて、日本人のホームレスを助けたこともある。




(写真:キリスト教会恵と命)



(写真:ホームレスの人たちを保護したという子供ルーム)

「キリスト教会恵と命」美濃加茂支部には、現在40名の教会員がおり、内10名が失業した(内、8名が家庭持ち)。名古屋支部の教会では、22名の教会員の内4名が失業したという。ブラジルへ帰国するためには、片道18万円の航空券が必要だ。航空費の工面だけが問題ではない、もっと複雑な「帰りたくても帰れない」理由を、この岐阜県美濃加茂市の方々の話から知ることができた。


まずダビさんの教会で出会ったのが、アドリア―ノさん(32歳)。彼は、ブラジルのすべての持ち物を売って、1年前に日本にやってきた。ブラジルでも精肉関係の仕事で働いていた彼は、ブラジル系スーパーの精肉部門で働いていた。しかし、3店舗あったスーパーの内、1店舗が閉店し、新人だった彼はすぐに解雇された。アドリア―ノさんより数か月先に、友人も職と住まいを失い、つぶれたカラオケボックスのプレハブで暮らしていたという。皮肉にも、彼の友人とまったく同じ立場になってしまったアドリア―ノさんは、友人と同じく、つぶれたカラオケボックスのプレハブコンテナで暮らすこととなる。



(写真:アドリア―ノさんのプレハブ小屋)


アドリア―ノさんが暮らすカラオケボックスのプレハブコンテナは、カラオケ屋の跡地に建てられたまんが喫茶に隣接している。全部で5つのプレハブ小屋があり、2つを日本人、3つをブラジル人が使用しているという。家賃月額15000円、シャワー無し・トイレはまんが喫茶の客と兼用、電気はまんが喫茶が開店しているときのみ使用可能。トイレのドアの隙間から寒風が入る中、トイレの水をバケツにためて体に浴びる・・・これがアドリア―ノさんのシャワーなのだ。

トイレに一番近い彼の小屋には、トイレの悪臭が漂う。食事は、電気ポットの中でブラジルの家庭料理で使われるひよこ豆を煮て食べるという。アドリア―ノさんには、妻子がいるが、職を探すまでは別々に暮らしているという。もう一か月半程度会っていないという家族の写真が、プレハブの部屋に置かれた写真立てに飾られていた。





(写真:まんが喫茶)
アドリアーノさんにとって、一番身近な支えとなっているのが、ダビ牧師とその教会の方々、そしてアルコールの問題の末に出会った神の存在だ。アドリア―ノさんは、15歳のころからアルコールの問題を抱えていた。アルコールが問題となり失職したこともある。しかし、その葛藤の中で神と出会い、今まで捜し求めていた自分の心の空白が埋められ、今は『幸せだ』という。アドリア―ノさんは、ブラジルの全てを捨てて日本に来たために、ブラジルに戻る場所はない。今ブラジルに戻っても『日本にいるよりも悪い状況がまっているだけ』だという。ダビ牧師は、自分のことを「ソーシャルワーカーのようだ」と話していた。日本にもブラジルにも居場所がなくなってしまったアドリア―ノさんの傍らで支え続け、届かない声に耳を傾け、人としての尊厳を回復させるダビ牧師のその働きは、ソーシャルワークの基本の姿勢を思わせる。

アドリア―ノさんを訪問した後、私たちは美濃加茂近辺に住むアレサンドラ・タカモトさん一家を訪ねた。タカモトさん夫妻は、夫婦ともに29歳。7歳、5歳、2歳の3人の子供がおり、7歳の長男は脳に腫瘍を患っている。

(写真:タカモトさん一家)
アレサンドラさんは6年間、香山工業の検査の仕事をしていた。仕事は順調で、これからも『ずっとはたらけるだろう』と思っていたため、2600万円の一軒家を35年ローンを組んで購入してしまったという。その矢先に、11月後半、突然解雇を知らされた。同じラインにいた7人中、6人が解雇され、残りの一人も『これから解雇される』らしい。雇用保険は申請予定だが、新しい仕事が見つかる兆しもない。

妻も自宅の一室でブラジル人を相手にベビーシッターをして月四万円ほどの収入を得ていたが、今は利用者がいない。ブラジル人相手の商売自体が成り立たないのだ。子供2人の学費は、月合計45000円。ベビーシッターの仕事で学費を払っていたが、今後どうなるのかは分からない。
(写真:タカモト宅前にて)
アレサンドラさんは、どうやってローンのプランの組み換えをし、一か月の支払い金額を減額できるかを知りたいが、「どうしたらいいかわからない」と話す。家のローンがあるために、ブラジルに帰れない。しかし、彼らにとって日本を離れられない理由は、脳に腫瘍をもつ息子のためだ。日本でならほとんど無料に近い値段で受けられる治療も、ブラジルでは高額だ。「自分たちのことより、息子を優先したい」というタカモトさん一家にとって、ブラジルに帰るという選択肢は残されていない。「うまくいっている」と思っていた日本での暮らしが一転して、「わからないことだらけ」になってしまった。この日本でこれからどうすればいいのか・・・。その答えはまだ見えていないようだ。


(写真:タカモト一家に手渡された寄付)
私たちが手渡した東京から送られてきた食品の寄付は、タカモトさん一家がおかれた複雑な状況にとって、一時的な慰めにしかすぎないかもしれない。が、『誰かが彼らのことを気にかけている』ことは伝えることができたと願いたい。
アドリア―ノさんは、これらの食品の寄付をプレハブで暮らすお隣さんに分け合うという。確かに、私たちは雇用問題・ローン問題・子供の学校問題を解決するスーパーマンではないかもしれないが、一人が始めた愛の行為は確実にさざ波のように広がっていく。

(写真:ダビさんの教会に届けられた物資支援)
ダビさんの懸命な活動は、もうすでに岐阜新聞やNHK、そして朝日新聞にとりあげられている。その甲斐あってか、近隣のスーパーなどから、寄付物が届けられつつある。ダビ牧師はこの寄付を自分の教会だけでなく、東海・上越地方の各ブラジル系教会へと届けている。アドリア―ノさん・タカモトさん一家のような状況に置かれた日系ブラジル人は、何千といるだろう。小さな恵みのさざ波が広がっていくことを願って、今日もダビ牧師は懸命に働いている。